フランスにおける中学校の学区制度と学校回避

―大都市圏における学校回避の現状―

 

要約

 学区制度の問題は、ここしばらくフランスで大きな関心を集めている。生徒を居住地によって特定の学校施設に配置する学区制度は、施設の合理的な運営を図るとともに、生徒の社会階層の混合を確保するという目的を持っていた。しかし、一連の緩和措置を受けて、学区制度の制約を様々な方法でかいくり、学区外の学校に子どもを通わせる家庭が一定数存在し、学区制度は社会階層の混合という目的を十分に果たすことができず、時には特定階層の生徒たちの隔離状況をかえって強化する方向に作用することさえある。

 この論文では、コレージュ入学時(第6学年進級時)における学校回避の現状を、いくつかの大都市圏を対象にして考察した。教育社会学の研究に基づく統計データを調査した結果、まず、学校回避は社会階層に応じて頻度が大きく変化する社会行動であることが明らかになった。また、学校回避によって、都市の居住空間の社会階層的分割が強化され、「恵まれた階層」と「恵まれない階層」との二極化がいっそう進行したことが確かめられた。

 教育環境と住居環境との複雑な関係や、私立学校への流出を検討した結果、我々は学校回避が地域の教育供給と居住地の社会的性格と密接に結びついていることを確認した。学校回避とは、最も恵まれた社会階層が、居住地における階層的等質性と豊富な教育供給のおかげで享受している教育的「消費行動」が、教育の「市場化」という時代の流れを背景に、その功利的な性格を保存したままより下層の階層に波及していくプロセスとしてとらえることができるのである。


 

La carte scolaire et l’évitement scolaire en France

- situation actuelle de l’évitement scolaire dans plusieurs grandes agglomérations urbaines-

  

              La carte scolaire fait l’objet d’un débat vif en France depuis certain temps. En répartissant les élèves en fonction de leur lieu de résidence, elle a pour l’objectif d’assurer la mixité sociale au sein des établissements scolaires. Cependant, à la suite des mesures d’assouplissement, une partie des familles évite l’établissement de leur secteur par divers moyens et elle peine à remplir son objectif de mixité, contribuant parfois à renforcer la ségrégation.

              Dans cet article, nous tentons de saisir la situation actuelle de l’évitement scolaire à l’entrée en sixième dans plusieurs grandes agglomérations urbaines. À partir des données statistiques établies par des études sociologiques, nous constatons d’abord que l’évitement est pratiqué très inégalement par les différentes catégories sociales, les plus favorisées évitant davantage. Nous constatons également que l’évitement scolaire renforce la division sociale de l’espace résidentiel urbain : la bipolarisation entre les plus favorisées et les plus défavorisées s’accentue dans l’espace résidentiel ainsi que dans l’espace scolaire.

              En analysant des interactions complexes entre les contextes urbains et scolaires et en tenant compte du recours à l'enseignement privé, nous constatons enfin que l’évitement scolaire est étroitement lié à la fois à l’offre scolaire locale et au caractère social de l’espace résidentiel. Ce sont les classes les plus favorisées qui bénéficient d'une offre scolaire très variée et avantageuse dans l’espace résidentiel où elles se regroupent « entre-soi » (« entre-elles »), par le biais de la sélection économique et sociale des habitants. L’évitement scolaire est ainsi caractérisé par la diffusion vers les classes sociales inférieures de ce modèle du « consumérisme » utilitariste dans le contexte global de « marchéisation » de l’enseignement.



 

0.導入

 フランスの公立中学校には、学区制度がしかれ、生徒は、その居住地にしたがって通うべき学校施設が指定される。しかし、現実には、「望ましくない」と判断された学区の学校を避けて、他の学校に子どもを入れる「学校回避」が制度の創設以来存在し、何度かにわたる制度の緩和を経て一定の広がりを持つまでになっている。学校回避は一部の公立校に、社会・経済的に恵まれず、教育成果の点からも遅れをみせる生徒たちを集中させ、深刻な学校間格差(荒井 2009)を生じさせる要因となっている。この論考では、社会学的な統計調査に基づいて、いくつかの大都市圏における学校回避の現状を把握し、学校回避が、当事者の社会階層と密接に結びついた社会行動であり、かつ居住空間の多様性に応じて異なった形態をとることを明らかにする。また、社会階層ごとに居住区が分割されたフランスの大都市圏において、恵まれない階層が他の階層から取り残される状況―まさに「隔離(ségrégation)」と呼ぶのがふさわしい状況-が、学校回避をとおしていっそう顕著化し、居住空間と教育空間において階層的な二極化が進行した状況を検証する。

 まず、§1で現在に至る学区制度の歴史を概観したあと、§2.1以下でいくつかの大都市圏における学校回避の実態を検討する。最後に§3において、問題点を考察し、今後の研究の方向について論ずる。

 

1. 学区制度の歴史

 フランスの中学校に学区制度が導入されたのは1963年である。当初は、中等教育の大衆化にともなって増加した生徒の地理的分布に合わせて、学校施設を合理的に整備することを主要な目的としていた。「学校地図(carte scolaire)」と呼ばれる学区区分が確定され、一つの中学校に一つの学区(secteur)が割り当てれら、その学区に居住する生徒は指定された学校施設に通うように義務づけられた。また、学区制は生徒の増減に対応して教育施設・人員を調整するためばかりでなく、教育上の不平等を解消するため、学校における社会階層の混合(mixité sociale)を確保するという目的もあわせもっていた1)

 1980年には、学区制の緩和措置が最初に導入された。すなわち、学区内の生徒の登録が終了した段階でなお学校施設に生徒受け入れの余地がある場合は、「特別許可」(dérogation)を申請し管理当局の許可を得た上で、学区外の生徒がその学校に登録することができるとした(Auduc 1997: 121, Auduc 2000: 131)。しかし、こうした「例外措置」の設定は、「すでに一部の親が取っていた行為を追認」したものに過ぎなかった(藤井1999:402。というのも、それ以前にも「上流階級の家庭の親たち」(同上: 401)は、指定された学区の学校が気に入らないときには、子どもを私立学校へ通わせるばかりでなく、さまざまな口実を設けて、「評判の良い公立学校に入れるために」学区制の強制をすり抜けていたからだ。

 さらに、1984年には、「実験的試行」(同上: 404)として新たな学区制の緩和措置が取られた。これは、特定地区において、学区内の一つの学校への登録が強制されず、複数の学校間の選択を可能とする措置で、1986年には実験が適用される地域が拡大し、関係する中学校の数は180(生徒数25,000)となり、さらに1988年以降、関係する中学校の数はさらに増加し、全中学校の45%にあたる2,273校に拡大した(Auduc 2000: 132)。Trancart (1998: 53)によれば、1993年時点で、全中学校の50%が学区制緩和措置に関与している。

 しかし、学区制が緩和されたということは、(選択範囲の中で)選んだ中学校への登録が保証されるということを意味しない。Leguy et al.(2004: 189)によれば、そもそも学区制の緩和措置は、いくつかの学区をまとめて、そこに属する複数の中学校から選択する可能性を与えたものだが、特定の中学校の近隣に居住する生徒には、その中学校へ登録する「優先権」が与えられ、それ以外の生徒は「定員に余裕がある限り」、受け入れ可能となるにすぎない。また、ある中学校に受け入れを望む生徒()たちは、その理由を申告しなければならない。こうした状況は、学区制緩和以前の「特別許可」による学区外中学校への登録プロセスと基本的には変わらない。すなわち、1984年以降の「学区制の緩和」措置は、それまで「特別許可」の申請という形で特殊化されていた学校移動の可能性を、実態には手をつけずに公式化したものといえる。

 では、学区制の緩和措置を利用して、学区外の中学校へ通うことを希望した生徒()はどのくらいいただろうか。藤井(1999:408)によれば、1984年と1986年に行われた調査では、学区外の中学校への登録を希望するものはそれぞれ11%9.9%であったという。Auduc (1997: 120)は、学区制緩和措置以後の数値として「12%超」をあげ、Auduc(2000: 133)は、出版年度近辺の動向を、「1015%の間で推移」としている。Auduc (2000: 132)はさらに、学区外中学校への移動希望は「85%-90%の割合で受け入れられる」と記している。この結果、Trancart(1998: 53)も指摘するように、1993年には全中学生のおおよそ10%が学区外の公立中学校に登録していた2)

 2007年から、学区制をめぐる状況は大きく変化した。学区制廃止を公約して当選したサルコジ大統領のもと、政府は経過措置として2007年度新学期から、学区外中学校への登録を積極的に認める姿勢を明らかにし、2008年には施設に余裕がある限り申請された「特別許可」をすべて認める方針を打ち出したからだ。その結果、2007年新学期における中学入学時の「特別許可」申請は、前年より3分の1(4,500)ほど増加して42,997件となり、それに対する承認も35,181(承認率82%)となった。2008年度では、中学校入学時の「特別許可」申請は全国総数58,676件となり、前年より15,679件増加した。承認を受けたケースも前年よりも10,000件増加して45,181件(承認率77%)2010年に予定された学区制廃止に向けて、学区の拘束が次第にゆるくなっているのがみてとれる。

 

2. 学校回避の実態

 我々は以下、§1で引いた全国的なデータからは見えてこない学校回避の実態を、とくに大都市圏に的をしぼって、細かく検討してゆく。その際、我々は、「特別許可」等の手段に訴えて、学区外の公立校に入学する「狭義」の学校回避ばかりでなく、私立への流出を含めた「広義」の学校回避にも注目した。学校回避に関して、一般に前者ばかりが問題視され、後者が学区制度に与える多大な影響が看過される嫌いがあるからである。同時に我々は、学校回避当事者の階層と、居住地(学区)の階層的性格の相互作用にも注意を払った。その結果、例えば、狭義の学校回避が少ないという事実が、その街区の住民が「階層混合」を支持する公民精神の持ち主であることを、必ずしも意味するわけではないことが明らかになった。最後に、我々は、学校回避を異なった階層が接触する居住地で起こる局地的な現象としてではなく2bis)、「教育機会の占有」と「効率的な教育成果」を求めて諸々の社会階層が関係しあう構造的問題として捉えなおすように努めた。

 以下§§2.1-2.3で、Lille市、Paris市、そしてParis郊外のHaut-de-Seine県における学校回避の現状を検討するが、データの扱いに関して注意を要することがある。すなわち、参照した研究者は、いずれも国立統計経済研究所(INSEE)による「職業および社会職業カテゴリー(PCS)」に基づいていくつかの「社会階層」を定義し、それぞれの階層に関してデータを提示しているが、各研究者によって「社会階層」の立て方が若干異なっているのである。とはいえ、以下にみるとおり、学校回避と社会階層の関係は、こうした研究者間の方法的差異にもかかわらず、歴然としており、本稿の結論にも大きな影響はない。2ter)

 

2.1 Lille市における学校回避の状況

 まず、Lilleにおける状況を、Barthon et Monfroy (2005, 2006)-以下、B&M(2005, 2006)と略記―にしたがってみてみよう。

 Lille市には、公立中学校が9校と私立中学校が8校が存在する。公立校には、2000年度で4436人の生徒がおり、私立校には4,166人の生徒がいる。私立校に通う生徒の割合が、全国平均よりもかなり高いが、それはLille市において、全国平均を大きく上回る比率で学区の中学校が回避されているからである3)。すなわち、実にほぼ60%の生徒が、学区の中学校以外の学校に通っている(表1参照)。学校回避がこれほど高い比率で行われているという事実とともに、Lille市の事例は、以下の点でも注目に値する。第一に、全体の59%存在する学校回避の方法の内訳を見てみると、私立への流出が36%あり、これが他の学区の公立校への流出(23%)を大きく上回っていることである。第二の点は、学校回避という手段をとる家庭の比率が、社会階層ごとに大きく異なっている点である。すなわち、上層階層では、81%もの家庭が学校回避を行っているのに対して、この比率は、中間階層・庶民階層では、それぞれ69%および49%と減少する。学校回避はとりわけ恵まれた階層において広がった社会行動なのである。ただし、第三の注目点となる次の事実も忘れてはならない。確かに庶民階層は、学校回避をする比率が最も低いが、それでもその比率は49%とほぼ半分の家庭が学校回避をすることを示している。さらに、庶民階層においても私立校に通う生徒が全体の26%存在する。

 

1. Lille市おける社会階層と学校回避の関係

職業による

社会階層の分類

学区の学校(A)

学区外の公立校(B)

私立校(C)

学区学校の回避率B+C)

上層階層

19%

23%

58%

81%

中間階層

31%

21%

48%

69%

庶民階層

51%

23%

26%

49%

全体

41%

23%

36%

59%

Barthon et Monfroy (2006 :18)から引用。「学区学校の回避率」の列は独自に作成した。

 

 これらの点は、学校回避にまつわる古典的な図式、すなわち上層階層がおもに私立校にのがれ、中間階層がおもに他の学区の公立校にもぐりこみ、そして庶民階層が学区の学校に取り残されるという図式が必ずしも現実をとらえていないことを示している。さらに、このような学校回避の状況は、各階層の家庭が居住する地区の人口構成と密接に結びついている。以下、人口構成と学校回避の関係を検討してみよう。

 まず、経済的に恵まれた階層が居住する市中心部の市街地をみてみよう4)。ここでは、私立校に通う比率が最も高く、かつ、一校ある公立校は他の地区からの流入が最も多い学校である。この公立中学校と三校ある私立中学は、Lille市で最も選抜のきつい「エリート校」である。これらの学校では、「優等コース」の選択肢がほぼすべてそろっている。第6学年から「ヨーロッパコース」を選択でき、また、フレキシブル時間割を利用して、音楽・ダンス・スポーツなどとの教育を学校外で受けることが可能となる。フレキシブル時間割の選択は、学区制の制約外に置かれており、この地区の公立中学校はLille都市圏全体、さらにはNord県の他の地域からも生徒をひきつけている。こうした点で、この公立中学校は「公立の中の私立」として機能している。結果として、これら私立と公立のエリート校は、都市中心部からかなり離れた地区からも裕福な家庭の子弟を数多く受け入れている。

 都市中心部における居住空間の等質性は、これらエリート校の生徒構成に反映する。居住地も、学校も、恵まれた者どうしの「仲良しクラブ(entre soi)」となっているからだ。

 一方、住民の間の等質性が、まったく対極的な意味で市の周辺部でも観察される。これらの周辺地区は、低家賃住宅団地などの公営住宅や、かつての労働者居住地であり、近年とくに環境が悪化した「隔離された居住空間」であ5)。ここでは、学区の公立校に通う生徒の割合が非常に高い。上層・中間階層に属する住民はまれにしか存在しないが、それらの家庭は、きわめて評判の芳しくない学区の公立校を率先して回避する。しかし、学校回避はこれらの社会階層に限られているわけではない。庶民階層に属する家庭の一部も学校回避を行い、「持てる者」と「最も困窮した者」という両極間の隔たりをますます大きくしている。たとえば、庶民階層地区であるLille市南部の二つの中学校では、庶民階層にまで広がった学校回避の結果、「就労経験のない失業者」と「無職」のカテゴリーに属する家庭の子どもたちが45%にも達するのである(B&M 2005: 48)。むろん、庶民階層の家庭にとって、学校回避は簡単ではない。「良い学校」のある地区に引っ越すなどということは家賃などの点で論外だし、評判のいい公立校に入るための「特別許可」を得られないことも多く、最後の手段として選抜がゆるくエリート志向ではない「社会政策的私立校」に頼ることも多い。実際、このような私立校の近くにある公立校こそが最も多くの生徒を流出させており、庶民階層にとっても私立校が学校回避の手段となっていることをよく示している6)

 上述した両極の等質的居住空間の間に、住民の間に階層混合が見られる街区がある。これは旧来の庶民階層地区の「ブルジョア化」によるもので、住宅価格高騰をうけて上層・中間階層の家庭が庶民階層地区に進出し、それによって、同一の街区に様々な階層が居住する空間が現出したのである。しかし、このことは、学校でも同様の階層混合が生まれたことをまったく意味しない。それどころか、こうした地区では、上層・中間階層の住民が大挙して学校回避に走り、学区の学校を見捨てている。Lille市の公立校では、ただ1校の例外を除いて、学校における生徒の階層の偏りが学区住民の階層の偏りを上回っているが、その程度が特に大きいのが学区の住民の間に階層の混合が見られる地区なのである。すなわち、学校における階層混合を促進すると考えられてきた居住空間における階層混合が、かえって学校回避を動機づけ、学校における階層混合をむしろ阻んでいるのである(B&M 2005: 47)7)

 上述したような居住地の差異化と学校回避の結果、Lille市では、生徒の社会階層に基づく学校間の階層化が進行している。まず、私立校と公立校を比較してみよう。8校ある私立校は9校ある公立校と比べ、上層階層の子どもを受け入れは2倍、庶民階層の子どもを受け入れは2分の1である。また、私立校・公立校それぞれの内部でも、階層化が進行している。まず、私立部門を検討すると、中心部市街地にある三つの私立校では、上層階層(企業主、上級管理職)の子弟が大多数を占めるのに対して、二つの「社会政策的私立校」-学習遅滞生徒を専門に受けいれる学校と、庶民階層地区の「地元」に立地した学校-の2校には、労働者の子どもが20%、「無職」の人の子どもが40%通っている。公立校内部のでも同様に学校間格差が拡大しつつある。すなわち、公立校9校のうち7校は「教育特別区(ZEP)」かつ/または「暴力地区」に位置付けられ、これらの学校からは多くの生徒が流出する。残りの2校は生徒が流入する学校だが、それぞれ若干異なった特色を持っている。一つは「エリート進学校」で富裕層の家庭の受け皿となる(上述の旧市街地にある公立校)であり、他の一つは、地元学区の中学校を回避したいが、私立にも行きたくない中間・庶民階層の家庭の子弟を受け入れている。格差の指標として、庶民階層生徒の比率の差をとってみると、逆説的なことに私立校よりも、公教育の担い手となるべき公立校のほうが、学校施設間でより大きな格差を持っていることがわかる。すなわち、私立学校間では、最も「エリート的」な学校と最も庶民的な学校における庶民階層生徒の比率の差が59%であるのに対して、公立学校間ではそれが63%にも達するからである。

 

2.2 Paris市における学校回避の現状

 次に、Gilotte et Girard(2005)以下、G&G(2005)と略記にそって、Paris市のケースを検討してみよう。

 Paris市では2003年に、13,353人が109校ある公立中学校の第6学年に進級した。学区外の中学校への登録を希望する「特別許可願」は同年に2,190件提出された。これは公立中学入学者の16.4%、私立を含めた全生徒の6%にあたる。2,190件の「特別許可願」のうち、59.8%にあたる1,309件が承認された。すなわち、Paris市では公立中学校入学者のおよそ10%にあたる1,309人の生徒が特別許可による承認を受けて学区外の中学校に通うことになったのである。

 この1,309人の生徒のうち、学校外での特別教育(音楽、ダンス、スポーツ)との並存を許す「フレキシブル時間割」のクラス、あるいは、「体育科」や「国際科」に登録したものが182人いた。残りの1,127人は他の理由で特別許可を求めた。すなわち、「居住地に近い」(21%)、「兄弟姉妹が同じ学校にいる」(19%)、「選択したい第一外国語が教えられている」(15%)などである。

 さて、2,190件の「特別許可願」を、学区別・地域別に分析してみると以下のような事実が明らかになる。すなわち、「特別許可願」は、予想されるように「恵まれない学校」から「恵まれた学校」への移動を求めるケースが多い8)すなわち、「恵まれた学校」の学区からの特別許可願が12%に過ぎないのに対して、「恵まれない学校」からのそれは20%にも達する。その結果、「恵まれた学校」では、特別許可によって編入された生徒が定員の15%に達し、「恵まれない学校」や「やや恵まれない学校」における比率(それぞれ8%3%)を大きく上回っている。

 Paris市の「恵まれない学校」(15.6%)と「やや恵まれない学校」(8.3%)は地理的にきわめて限定された地域に集中している。すなわち、13区と14区の南端にある「飛び地」の数校を除いて、残りはすべてParis市の北東部(18区、19区、20区及びこれらの区に近い10区、11区の一部)に集中している。したがって、生徒の流出が多いのもこれらの街区の学区である。

 ここまでは、学区の公立校を回避して、他の学区の公立校に入学するケースを検討してきたが、学校回避を考えるときに忘れてはならないのは、私立校への流出である。2003年度、Paris市では、第6学年の総数の34%が私立中学校に通っている。これは全国平均(22%)を大きく上回る数値である。

 私立への流出は年々増加している。すなわち、1994年から2003年にかけて私立中学入学者が毎年150人ずつ増加する一方、公立校は毎年60人ずつ減少している。Paris市で中学入学を機会に公立から私立に転ずる生徒は、2003年度で1,429人おり、これは第6学年の総数の7%、私立中学入学者全体の21%に及ぶ。

 公立から私立への流出には二つのパターンがある。第一に、社会階層の混合が存在する「やや恵まれた」地区から、隣接する「恵まれた」地区の私立への移動がある。Paris市ではこのタイプの移動が一番多い。結果として、「恵まれた」地区に立地する私立校12校では、公立からの転入生が新入生の50%を超えるまでになっている。この種の移動は、上層・中間階層に属する家庭が、学校における階層混合を避けて「恵まれた」地区の私立にのがれている事実を示しており、「恵まれない」地区の家庭が、「恵まれた」地区の公立校へ移動しようとするのと対照をなす。

 私立への流出の第二のパターンは、「恵まれない」地区(市東北部及び南部の一部)に住む家庭が、近隣の私立校に子どもを通わせるケースである。7校の私立校が特にこのような生徒を受け容れており、その総数は477人(私立への流出者の33%)に及ぶ。この第二のケースでは、「恵まれない」地区にある公立校を回避したいという動機の比重が大きい。また、「特別許可」を得られず、他地区の公立校に転出できなかった生徒の一部もこのケースに含まれていると思われる。

 上で見たように、学校回避は「恵まれない学校」から、「恵まれた」地区の公立校または私立校への生徒の流出となって実現する。では、こうした学校回避という手段に出る家庭は、どのような社会階層に属しているのだろうか。François (2002 :310)2001-02年度の実績に基づいて以下のようなデータを提示している9)

 

2. 2001-02年度・Paris市(第6学年入学時)における学校回避の階層別比(%)

 

恵まれた階層A

恵まれた階層B

中間階層

恵まれない階層

全階層

私立への流出率

9

8

7

2

6

「特別許可」申請率

22

19

16

10

16

合計

31

27

23

12

22

 

 表2.から明らかなように、学校回避の比率は階層が上昇するほど高くなる。最も恵まれた階層(「恵まれた階層A)と恵まれない階層との比率は、2.6倍もの開きがある。さらに、「恵まれない階層」とすぐ上の「中間階層」との差も2倍に近いのに対して、後者と最も恵まれた階層との差は1.3倍にすぎない。こうした差異は、各階層の私立への流出の比率をみるといっそうきわだつ。「恵まれない階層」の子どもは、最も恵まれた階層の子どもに比べて4分の1以下しか私立校に通っていない。「中間階層」と比べても3分の1をはるかに下回る。これらの数値は、学校回避(学校選択)に関して、「恵まれない階層」が大幅に取り残されているという事実をよく示している。

 さらに、「恵まれない階層」は、学校回避をするときも、「近くの学校」にとどまる傾向がある。長距離を移動するための交通費負担が彼らには重過ぎるからである。これに対して「最も恵まれた階層」の学校回避はまったく異なった性格を持っている。まず彼らは「近くの学校」という選択肢に影響されない。彼らは移動を苦にせず、かつ豊富な情報を持っているので、公立・私立を問わずParis市内のどこの学校にでも子どもを通わせる。また、「恵まれない階層」の生徒の存在に最も敏感で、学校における階層混合を最も嫌うのもこの階層である。

 「最も恵まれた階層」のこのような傾向と「戦略」をよく示す事実がある。第一に、旧来の庶民階層地区がブルジョア化し、居住地レベルでは社会階層の混合が実現すると、その地区の学校に対する学校回避はかえって増加する。新たに入居してきた上層階層の「パイオニア」たちが大挙して学校回避に走るからである(彼らが以前住んでいた恵まれた地区とのつながりが、学校回避の手段を提供し、回避を容易にするという要因も考えられる)。その結果、学区の社会階層構成が変化して学校の社会的位置づけ「上昇」したのに、学校回避が増加するという統計的な「逆説」が出現する(François 2002: 320)。第二に、生徒の移動に関して「玉つき現象」と呼ぶべきものがある。これは、恵まれた地区に立地して、数多くの「特別許可申請」において「移動先」として指定される公立の「人気校」が、同時に数多くの私立への流出を抱える学校であるという、やはり逆説的な事態をさす。このようなことが起こるのは、学区内の上層階層が、学区の学校に流入してくる中間階層以下の生徒たちとの共存を嫌い、あえて私立校を選択するからである。

 こうした学校回避の結果、各学校施設の生徒を基準にした社会階層の地理的分布は、住民の社会階層の地理的分布よりも、いっそう単純に二極化したものとなる。上でみたように、Paris市では伝統的に南西部から中心地区にかけての「恵まれた地区」と東北部にかたまった「庶民階層地区」との対立があるが、学校回避後の中学校生徒の社会階層分布では、どちらにも属さない中間地帯が大幅に減少し、「恵まれた地区」と「恵まれない地区」が、3区や17区などで、じかに境を接するようになった。学校回避はこのように、Paris市の居住空間の社会階層的分割を強化している。

 学校回避によって生徒の階層構成が均質化され、二極化されると、今度はその事実自体が学校回避を促進するという「フィードバック効果」をもたらす。こうした状況では学校間の差異がより強調され、目に見えやすいものになるからだ。とりわけ、「中間階層」が大きな影響を受ける。学校回避の「戦略」に関しては上層階層の後を追い、かつ、選択肢の少なさという点では庶民階層に近い彼らは回避・非回避のどちらも行動もとりえるからだ。そしてしばしばこの「中間階層」の動向が個々の学校施設の階層混合にとって決定的な役割を果たす。

 こうみてくると、Paris市の学区制は、歴史的には階層混合のために一定の貢献をしたが、現状では、公立・私立両方向への学校回避によって年々空洞化し、学校空間と居住空間の二極化に歯止めをかけることができなくなっていると言える。

 

2.3 Hauts de Seine県の場合

 続いて、Paris市の西に隣接するHauts de Seine県における学校回避の状況をOberti (2007)にそって、みてみよう。Oberti (2007)は学校回避の指標を、自治体外の学校に通う生徒の割合から推定する方法をとり、そのおかげで36の自治体からなる県レベルでの学校回避の実態をとらえることができたが、そこでは、Lille市やParis市で観察されたことが、より広い範囲で反復されているのがみてとれる。

 Paris市と同様、Hauts-de-Seine県は、80年代から大きく「ブルジョア化」し、庶民階層の減少と上層階層の増加が同時に起こった。しかし、「ブルジョア化」は県内で一律に進行したわけではなく、結果として、現在では自治体(communes)ごとに住民の社会階層構成が大きく異なる。特に注意を要することは、居住地のブルジョア化の程度に応じて教育機会の提供に大きな格差が生じていることである。

 まず、県の北部に位置し、上層階層が15に満たない、県で最も庶民階層の住民が多い自治体Gennevillier, Villeneuve-la-Garenne, Colombes, Nanterre)をみてみよう。これらの自治体には私立校が存在しない。また、庶民階層の家庭には隣接自治体にある私立校に通わせる経済的余裕もなく、自治体外の公立校へ子どもを入学させるために必要なノウハウもない。彼らが受けることのできる教育供給は地元に限定されている。これらの自治体では、自治体外の学校に通う生徒の比率は社会階層によって規則的な変化を示し、社会階層を上昇するにしたがってこうした生徒の割合は次第に高くなる。すなわち、上級管理職・知識職の子どもの50%近くが、自治体外の学校に通っているのに対して、生産労働者の子どもではその割合が8%にとどまるのである。

 ついで、やはり地元に私立校がなく、教育機会の供給は豊富ではないが、上層階層の住民が多い(20%)、いくつかの自治体(Puteaux, Ville d’Avray, Sèvre)のケースを検討しよう。自治体内での選択肢が豊富ではないため、自治体外の学校に通う生徒の割合は30%超~40%超と全体に高いが、ここでも自治体外の学校に通う生徒の比率は上層階層においてより高くなる(35%59%)。

 これらの自治体に対して、やはり上層階層が20%を超えるほど多く居住する自治体(Levallois-Perret, Boulogne-Billancourt, Issy-les-Moulineaux)で、地元に私立校が存在するにもかかわらず、近隣自治体により魅力的な学校が存在するためにかなりの生徒が流出するケースがある。これには、残存する庶民階層地区にある学校を避けたいが、地元の私立校では満足できないというケースも含まれる。このような自治体では、自治体内の私立校に通う生徒が20%超~40%超存在し、かつ、自治体外の学校に通う生徒が25%超~30%超存在する。両者を合計すると、およそ60%弱~70%超の生徒が、学区の学校を回避していることになる。そして予想されるように、自治体外の学校に通う生徒の割合は社会階層によって大きく異なる。すなわち、上層階層ではこうした生徒の割合は、自治体によって39%60%にまで達するのに対して、生産労働者では、それが8%21%にとどまっているのである。

 最後に、上層階層に属する住民の割合が極めて高い自治体(Neuilly-sur-Seine, Seaux, Rueil-Malmaison,―前二者では、上層階層の割合が45%を超にまで達する)がある。こうした自治体は同時に教育資源が集中している自治体でもあり、人気の高い公立校と私立校がともに存在するので、自治体の外に学校を求める必要がない。これらの自治体では、高い住宅価格のせいで居住空間が極めて閉じられたものとなり、住宅価格を通した住民の社会的選抜が、同時に生徒の教育的選抜として機能している。したがって、自治体外に通う生徒の割合は低く、10%前後にすぎないし、広義の学校回避者―自治体外の学校および私立校への通学者―も必ずしも高いとは限らない。すなわち、Neuilly-sur-Seineでは、56.7%が私立に通い、かつ自治体外に通う生徒がほぼ15%いるので、70%超が学校回避をしていることになるが、Rueil-Malmaisonでは59%と低下し、さらにSeauxではこの比率は30%超に過ぎない。Seauxでは人気公立校が多くあり、回避する必要のある公立校が存在しないからである。また、上層階層にとっても十分な選択肢が存在し、彼らが自治体外の学校を求めないので、自治体外の学校に通う子どもの比率は親の社会階層によって変化しない。

 Oberti(2007)が調査したHauts-de-Seine県の現状は、§§2.1-.2.2でみたLille市やParis市の状況ときわめて類似している。まず、私立への流出を含む学校回避が社会階層ごとに大きく異なり、恵まれた階層ほどより頻繁に学校回避をするという事実がある10)。しかし、こうした傾向には、「上限」を示す例外があった。すなわち、居住地が上層階層の住民で均質化され、多様な選択肢を含む豊富な教育供給が存在する超ブルジョア地区では、上層階層の住民も学校回避をする必要がない。学校回避が最も頻繁に行われるのは、ブルジョア化がかなりの程度まで進行したものの、一方では庶民階層地区が残存し、かつ他方では近隣地区により魅力的な教育供給が存在する居住区である。さらに、「特別許可」を通じて他の学区の公立校へ移る狭義の「学校回避」が多くみられるのは、ブルジョア化の程度が少し低いゆえに、庶民階層地区との混在がより頻繁で、かつ私立校による教育機会の提供が少ない居住区である。そうした地区は、伝統的なブルジョア地区ほど住宅価格が高くないので、新興の上層階層や中間階層の一部が移住してくる地区でもある。したがって、こうした地区で、狭義の学校回避を実行するのもこの層の住民となる。

 Oberti(2007)によれば、ブルジョア化途上地区のこうした「新住民」と、「仲間内」だけが住む高級住宅地に自分たちを「自己隔離」している上層階層とでは、同じ「学校回避」でも、その意味は大きく異なる。後者にとっては、学校回避は、子どもの「学力」の向上と卓越した学歴キャリアを追及するための手段であり、学区などにはとらわれず、経済的・物理的負担を負っても、学力・学歴競争の点で最も有利に作用すると思われる学校に子どもを入れるための行動である。これに対して、ブルジョア化途上地区の新興上層階層・中間階層は、子どもの学校の成績へのこだわりがやや低い。彼らは、成績よりも子どもの生活環境やバランスの取れた生活の充実を重んじ、「正常」で落ち着いた教育環境と教育成果を求め、暴力・混乱・継続的機能不全といったことがない限り、学校施設の社会的・人種的性格はあまり問題にしない。このような住民の学校回避は、子どもが「人並み」の中流を維持し、学力の点でハンデを負わないために「問題のある」学校を避ける、という性格が強い。これら二つのタイプの学校回避は、居住地の教育供給とも密接に関係している。ブルジョア化途上地区では、庶民階層地区とともに、公立校が提供する科目・コースなどの点で進学に有利な選択肢が少なく、学習遅滞生徒に対する対策などに「専門化」していることがままあり、私立校の立地も少ない。異なる階層・人種を排除した高級住宅地の上層階層が、公立や私立の人気校が提供する豊富な選択肢のおかげで自治体外に出る必要がないのとは逆に、学力・学歴競争で取り残されることを恐れる新興上層階層・中間階層は、私立の選択肢が少ない分、いきおい「特別許可」による他の公立校への学校回避に走る。こうした狭義の学校回避のケースを捉えて、学校における社会階層の混合を一部の新興上層階層・中間階層がとりわけ忌避しているようにとらえるのは正確ではないばかりか、居住地の階層性と対応した教育機会の偏在と格差、そしてそれと不可分の関係にある広義の学校回避の階層性を隠蔽することにもなる。

 

3. 考察と今後の課題

 上の各節では、大都市と大都市周辺における学校回避の現実をみてきた。この節では、上でみた事実を踏まえてフランスの学区制の問題点と、今後の研究の方向性について考察する。

 まず注目に値するのは、大都市部における学校回避の頻度の高さである。私立への流出を含めた広義の学校回避は、Lille市では60%、Paris市では40%、Hauts-de-Seine県では自治体による変動があるものの、低いところでも30%超、高いところでは70%を超えるまでになっている。2007年以後の緩和措置を待つまでもなく、学区制はすでに十分「緩和」され、空洞化していた(François et Poupeau 2007)。さらに、学校回避はきわめて階層的な社会現象であることがはっきりした。どの都市圏でも学校回避は社会階層が上昇するほど頻繁になり、上層階層は庶民階層よりはるかに高い比率で学校回避をしていた。しかし同時に、学校回避は上層階層のみが実践する行動ではなく、程度の差はあれ、中間階層あるいは庶民階層の一部にまで広くいきわたっていた。その結果、特定の学校施設に、庶民階層のうちの最も恵まれない層の子どもたちが集中して、いわゆる「ゲットー化」を引き起こし、学習遅滞・学業放棄・校内暴力といった問題が増幅された形で出現した。さらに、こうした最も恵まれない階層には移民系の家庭が多く含まれ、その結果、学校の「ゲットー化」は「人種隔離」的な様相を呈しはじめ(Felouzis et al. 2005荒井2009)2005年秋の「暴動」に代表されるような深刻な社会問題となっている。

 こうした人種的要素を含んだ「ゲットー化」は学校だけにみられる現象ではない。周知のように大都市圏の居住地は、居住者の社会階層によって色分けされ、恵まれない階層の住民が特定の地区に集中しているが、学校回避はこうした都市居住空間の階層的分割をいっそう強化する要素となっている。しかし注意すべきは、隔離現象がこうした下方の極ばかりではなく、反対に極にも存在することである。それどころか、Oberti(2007)が強調したように、隔離の論理を誰よりも推し進め、仲間内だけの均質な居住空間に自分たちを「自己隔離」しているのは上層階層なのである。彼らは、同時に学校に対して最も功利主義的に行動し、市場価値の高い学歴を得るために多くの「投資」(Poupeau et J.-Ch. François 2008)を惜しまない階層でもあり、彼らの居住する高級住宅地が引き寄せる、私立を含めた豊富な教育施設の格好の「消費者」(Ballion 1982)となっているのである。豊かな経済力と学校を含む社会制度を利己的に利用するための情報とノウハウを持った彼らが多様な教育機会の供給を受けるとき、「学区」などはなきに等しい。

 上層階層の教育投資行動は、教育の市場化・差異化を促進する。一方、新興上層階層や中間階層は、既成の上層階層に取り残されることを警戒し、不安を抱えながら上層階層を模倣した行動に出る。こうして学校回避は階層性を保ちながら一般化してゆく。言いかえれば、学校回避は、異なった階層の接点で起こる局地的現象ではなく、最上層階層による教育資源と居住空間の「占有」とそれに伴う他階層の「排除」が下方に拡散していくプロセスなのである。

 学校回避をこのようにとらえると、今後検討を要するいくつかの課題が浮上する。

 第一の課題は、学校回避や学校選択の一般化に至る教育体制の変容を明らかにすることである。1980年代の地方分権化を受けて学校施設の独立性が高まり、独自の「教育企画(projet d’établissement)」を媒介に学校間の差異が生じ、また差異を生み出すことが奨励された。こうして学校間競争が常態化したが、多くの研究者がこの学校間競争が学校回避を刺激し、学校間格差を広げたと指摘している(Laval 2003, Felouzis et al. 2005, Oberti 2007)

 第二の課題は、学校間格差の拡大と特定施設の「ゲットー化」に対処するために「学区制」をどのようにすればいいかという、より現実的な問題である。現政権の主張するように、学区を廃止することが機会均等に向けて制度を改善することになるのか、それとも、Oberti(2007)が主張するように、学区制を現実に即した形に再編した上で維持することが、フランス社会を亀裂から救うことになるのか。学区制の廃止を政治日程に組み込んでいる現政権の方針を受けて、今後、賛否両論、多くの論戦が交わされることが予想されるが、この研究で明らかにした事実を踏まえて、議論の成り行きを注視していきたい。

 

1) 20069月更新のフランス文部省のサイトにおいても、学区制の目的として、「学校施設への生徒数の均等な配分」と並んで、"promouvoir la mixité sociale, base de l'égalité des chances et de l'intégration機会均等と社会的統合の基盤をなす社会階層の混合を推進する」"という記述があった。学区制廃止を公約したサルコジ大統領当選(20075)後、この記述は削除された。

2) 中学校入学時ばかりでなく、教育課程全体を通してみた場合、学校回避の比率は大きく上昇する。van Zanten (2001 :6)は、Langouët et Léger (1997)を引きつつ、教育課程のどこかで子どもの学区を変えさせた親は「全世帯の50%近くに及ぶ」と記述している。

2bis) 「学校回避」が取り上げられるとき、しばしば、低家賃住宅団地とそれに隣接する一戸建て住宅街が同一の学区に編入され、後者に居住する上層・中間階層の住民が学区の学校を回避するという、「古典的」な事例が提示される。Le monde de l’éducation No.352 (2006)は、学区制問題の特集を組んでいるが、それに収録されたToulouseに関する記事(Bonrepaux 2006)などは、そうした典型に属する。

 記事によると、Toulouse市のLe Mirail地区にはZEPに指定された中学校が三つある。そのうち、低家賃住宅の団地Bellefontaine地区に立地するある中学校では、520人の生徒のほとんどがその団地から来ている。彼らの90%は外国出身者(移民の次世代)だが、大多数がフランス国籍を持っている。この地区は2005年の「暴動」の中心の一つでもあり、周囲の評判はあまりよくない。Bellefontaine地区の南西に隣接して、中間管理職・上級管理職が居住する一戸建て住宅地のSaint-Simon地区がある。学区制度上は、この地区の生徒もBellefontaineの中学校に通わなければならないが、実際には学校回避がごくあたりまえに行われている。例えば、同地区のPaul-Bert小学校からは、学区制度の基づけば毎年15-20人がBellefontaine中学校に行くはずなのだが、2006年度にはそれが一人に過ぎなかったが、それでも増えたほうなのだという。Saint-Simon地区の親たちの戦略は、子どもを学区外の公立校に入れることだが、それは、私立校には定員の空きが非常に少ないからである。Bellefontaine中学校には、学区内の第6学年入学予定者の約30%にあたる30件の「特別許可願」が出され、17件が承認された。許可を受けられなかった13件のうち、6件は私立校に入学し、5件がBellefontaine中学校に入学し、2件は学区外に転居した。

2ter) 紙数の都合から、各研究者による各階層の定義をすべて引用することはできず、必要最低限の注記を施すにとどめた。定義の詳細については引用文献に直接当たっていただきたい。

3) 私立校に通う生徒比率は全国平均で約22%、また、中学入学時における「広義の学校回避」の比率については、新聞等ではしばしば30%という数値が引用されるが、B&Mによれば、この比率は「3分の1を少し上回る」程度であるという。フランスにおける私立学校は、政府との協定を結んで多くの補助金を受けているものがほとんどで、学費も日本の私立校よりもずっと低い。パリ市内の私立中学校の08-09年度の年間学費をざっと調査してみると、インターナショナルスクールのような例外を除けば、多くが700-850ユーロの範囲に収まる。

4) 都市中心部に居住できるのは、近年の住宅価格高騰などを背景に、ますます高収入の家庭に限られるようになってきている。フランスでは、2000年以後「住宅バブル」が生じ、2007年のピーク時には、20001~3月期を100とした指標で、180を超えるまでに実質住宅価格が高騰した(『エコノミスト』20081114日号29ページ以下参照)。住宅バブルの発生は、後述する庶民階層地区の「ブルジョア化(embourgeoisement)」すなわち「高級住宅地化」(「ジェントリフィケーション」とも呼ばれる)とともに、都市居住空間の二極化の原動力の一つとなっている。

5) たとえば、Lille市の南部地区では、低家賃住宅が全体の75%を占め、そこでは失業率が30%、非正規雇用率が25%を超えている。

6) Lille市では、キリスト教系私立学校の長い伝統があり、1990年代に、第6学年の入学者数に関して、私立が公立を上回るまでになっていた。すなわち、公立の第6学年の入学者は1990年の53%から2000年には48%を下回るようになったのである(B&M 2005: 50)。私立校生徒のこうした増加は、1996-1997年ころから、とくに庶民階層家庭の子どもを受け入れる非エリート私立校において顕著となった。すなわち、この時期から私立学校間での「役割分担」が進行し、公立校の間で見られたのと同様に、私立校間でも、在学生徒の社会階層に応じた序列が作られてきたことを示している。

7) 市の政策や、アカデミーの方針がこうした学校回避に拍車をかけている。たとえば、小学校レベルで学区を設けないことにした市の決定や、中学校入学時に「学区の緩和」を決めたアカデミーの方針などである。

8) G&G(2005)は、2001年度から全国的に採用された中学校施設の分類を採用している。それによると、中学校は「市街地の恵まれた階層の生徒が多い学校(Urbain favorisé)」、「社会階層の混合・恵まれた階層の生徒がやや多い学校(Mixte socialement, plutôt favorisé)」、「小規模校(Petit collège)」、「社会階層の混合・恵まれない階層の生徒がやや多い学校(Mixte socialement, plutôt défavorisé)」、「市街地の恵まれない階層の生徒が多い学校(Urbain défavorisé)」の五つのタイプに分類される。Paris市では当然のことながら「小規模校」は存在しない。本文では、残りの4カテゴリーの学校をそれぞれ「恵まれた学校」、「やや恵まれた学校」、「やや恵まれない学校」、「恵まれない学校」と略記する。さて、Paris市では、これら四つのカテゴリーの学校の比率に関して全国平均と大きく異なる点がある。すなわち、Paris市では「恵まれた学校」が全体の53.1%を占め、全国平均の21.3%を大きく上回っている。このことは、Paris市が過去半世紀の間に大きく「ブルジョア化」したことと無関係ではない。すなわち、1954年から1999年にかけて、Paris市では「労働者」が75.5%減少して36万人となり、かわって「上級管理職」が212.7%増加して268千人となったのである(Pinçon et Pinçon-Charlot 2004: 56-58)2003年度の第6学年生徒の家族をみても、職業分類から「恵まれた階層」に属するものが32%存在し、全国平均の16%の倍の数値を示している(G&G 2005 :138)

9) 表2.に用いられた階層カテゴリーは、国民教育省が用いるもので、いくつかの職業カテゴリーを統合して作られている。上級管理職・上級技術者・情報/芸術/ショービジネス・教員・自由業などを含む「恵まれた階層A」が収入・社会的ステータスの点で一番上位にあり、無職・失業者・労働者を含む「恵まれない階層」が一番下位となる。

10) Oberti(2007)では、私立に通う生徒の階層区分は明らかにされていないが、当然、同様の傾向があると予想される。

 

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